和歌山は、初めて日本を訪れる人が後回しにしがちで、二度目三度目の人ほど熱心に語る県だ。紀伊半島の南半分を占め、杉に覆われた険しい山が太平洋にそのまま落ち込む。千年以上にわたって祈りの道が通ってきた土地でもある。10月に入ると夏の湿気がようやく抜け、台風のピークも過ぎ、各地の古い神事が一斉に動き出す。10月中旬の旅先を探しているなら、ここを勧めたい。
本命は熊野速玉大社の御船祭(10月15日・16日)
熊野川が海に出るところに新宮の町がある。熊野速玉大社は熊野三山のひとつで、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されている。その例大祭が2日間にわたって行われる。
15日は神馬渡御式。神霊を載せた神馬がゆっくりと新宮の町を進む。16日が御船祭で、これは日本の祭りのなかでもかなり衝撃的な部類に入る。神霊は熊野川に浮かぶ神幸船に遷され、そのあとを九艘の早船が全速力で遡上し、川中の御船島を三度回る。漕ぎ手は何ヶ月も前から練習を重ねる。峡谷に九艘分の櫂の音が響く、それだけでも足を運ぶ価値がある。
国の重要無形民俗文化財に指定されている。見物は無料で、河原から見る形になる。16日は午前中の早い時間に着いておくと視界の開けた場所を確保しやすい。敷物があると楽だ。時刻は年や川の状況で前後するので、事前に神社に確認しておきたい。
那智の田楽、10月25日 — 指定50周年の記念公演
南へ1時間ほど下ると、熊野那智大社と那智の滝がある。朱塗りの三重塔と、その背後に落差133メートル、日本一の一段滝。ここでは滝は背景ではなく、それ自体が御神体として祀られている。
10月25日、国重要無形民俗文化財の指定50周年を記念して「那智の田楽」が奉納される。田楽は能より古い田の神事の芸能で、那智のものは通常7月の那智の火祭でしか舞われない。笛とビンザサラ(木の板を連ねた楽器)に合わせ、面をつけた舞手が舞う。ユネスコ無形文化遺産にも登録されている。本来の7月ではなく、秋の光のなかでこれを見られる機会はそうない。
熊野古道を少しだけ歩く
熊野古道を歩くなら10月が一年で最も快適だ。田辺から始まる中辺路を全部歩くと数日かかるが、そこまで気負う必要はない。手軽なのは大門坂。苔むした石畳が約600メートル、樹齢数百年の杉のあいだを登り、那智大社の参道石段に接続する。ゆっくり歩いて40分ほど。古道のなかで最もよく写真に撮られる区間だが、朝早ければほとんど人はいない。
丸一日使えるなら、発心門王子から熊野本宮大社へ下る約7キロがいい。ほぼ下り基調で、両端にバス停がある。
和歌山市側 — 神社と菊
県北に移ると、伊太祁曽神社が10月15日に例祭、18日に神幸祭を行う。木の神・五十猛命を祀る古社で、森に囲まれて静かだ。南の賑わいとは対照的な時間が流れている。
10月27日からは和歌山城公園で第70回菊花展。数日早く、和傘をあしらった小規模な展示も始まる。菊花展は流行りの行事ではないが、だからこそいい。巨大な大輪が並び、懸崖仕立てが滝のように垂れ、ときに菊だけで作られた人形が立っている。公園への入場は無料。
アクセス
新宮・紀伊勝浦はいずれもJR紀勢本線沿い。新大阪から特急くろしおで新宮まで約4時間。名古屋からは特急南紀で約3時間半で、東京方面からは東海道新幹線で名古屋に出るこちらのルートのほうが早いことが多い。那智の拠点になる紀伊勝浦は、同じ線で新宮の15分ほど手前だ。
紀伊勝浦駅・那智駅から那智山や那智の滝前まではバスで25〜30分。ただし本数が少ないので、歩き出す前に必ず帰りの時刻を確認しておくこと。レンタカーがあれば半島の移動は段違いに楽になるが、海沿いの鉄道自体が景色として優秀なので、あえて列車を選ぶ人も多い。
泊まる・食べる
拠点としては勝浦が便利だ。延縄漁のマグロでは国内有数の港で、朝の競りは見学デッキから眺められる(おおむね7時前後)。朝食にマグロを食べる。ここではそれが普通だ。温泉地でもあり、海食洞を利用した大きな露天風呂がいくつもある。
内陸に入れば、本宮近くの湯の峰温泉が約1800年前から湧き続けている。世界遺産に登録された唯一の温泉「つぼ湯」があり、二人入ればいっぱいの木の湯船を30分交代で使う。先着順。
実用メモ
10月中旬の日中は海沿いで20〜23度、山では体感がかなり下がる。夜用の薄手の上着と、雨具は必須。紀伊半島は通年で日本有数の多雨地域だ。紅葉は遅く、海沿いは11月にならないと色づかない。紅葉目当てではなく、祭りと海を目当てに来るのが正しい。
新宮の宿は数が限られていて、祭りの晩は早くに埋まる。15日・16日を狙うなら9月中の予約を。祭事の時程は各神社が発表するもので変更もあるため、現地で最終確認を。
Image: Three-storied Pagoda of Seiganto-ji and Nachi Falls by Naokijp, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons