日本の祭りはたいてい何百年もの歴史を背負っている。この祭りはそうではない。出発点はアニメの脚本だ。
2011年4月、P.A.WORKSのアニメ「花咲くいろは」が放送された。東京の女子高生が、田舎の祖母の温泉旅館で働くことになる物語である。舞台となった架空の町「湯乃鷺」のモデルは実在する。金沢市街から山へ20キロほど入ったところにある小さな温泉地、湯涌温泉だ。作中の終盤、その町では「ぼんぼり祭り」が開かれる。通りに並ぶぼんぼり、木の札に書かれた願い、そして最後に焚かれる火。
もちろん、架空の行事である。湯涌はそれを本当にやることにした。
第1回湯涌ぼんぼり祭りは2011年10月に開催された。2008年の浅野川水害からの復興3周年を記念する日程だった。製作委員会、金沢市、地元の旅館組合、そして住民が力を合わせて形にした。以来15年、台風で思うように開催できなかった年もありながら続いてきて、2026年は10月17日(土)、第14回を迎える。
なぜぼんぼりで、なぜ10月なのか
祭りの筋立ては、日本の民間信仰でもっとも古い考え方のひとつを借りている。旧暦10月は神無月。全国の神々が出雲へ出かけ、留守になる月とされる。
湯涌版の物語はもう少し小さく、もう少し温かい。湯涌稲荷神社の「小さな神様」も同じ旅に出るのだが、道に迷ってしまうかもしれない。だから人々はぼんぼりを灯して、出雲への道を照らす。その礼として神様は、ぼんぼりに下げられた人々の願いを出雲の八百万の神々のもとへ届けてくれる――そういう祭りである。
その願いを書くのが「のぞみ札」だ。祭りの前の数週間、訪れた人が木の札に願いを書いてぼんぼりに吊るす。当日に来られなくても参加できるし、近年はのと鉄道・西岸駅でののぞみ札奉納も行われている。西岸駅は作中の「湯乃鷺駅」のモデルであり、2024年の能登半島地震以降、厳しい時間を過ごしてきた路線の駅でもある。
祭り当日の夜、のぞみ札はぼんぼりから外され、たいまつの行列が神様を送り出したあと、集落の上にある玉泉湖のほとりでお焚き上げの儀に付される。騒がしい祭りではない。山車もなければ掛け声もない。数千人が暗い山道に立って、紙が燃えるのを見つめる。それだけのことが、不思議なほど心に残る。
2026年10月17日に行くなら、ここは二度読んでほしい
実務上、何より重要なのは次の二点だ。
入場券が要る。 本祭では、夕方以降の温泉街への入場と神事の観覧に、別途販売される入場券が必要になる。ふらりと18時に着いて見られる祭りではない。券の詳細は開催が近づくと公式サイトで告知され、そして早く売り切れる。9月末から10月初めにこれを読んでいるなら、いま確認したほうがいい。
駐車場は一切ない。 湯涌温泉街には来場者用駐車場がなく、本祭当日は車両許可証のない車は進入できない。周辺の路上駐車も論外である。数百人が暮らす生活道路だ。バスで行くこと。
バスは簡単だ。北陸鉄道の路線バスが金沢駅東口6番乗り場から湯涌温泉まで、所要およそ50分、片道630円(2026年3月時点。改定の可能性あり)。祭り当日はダイヤが調整されることが多いので、出発前に公式サイトを確認しておきたい。タクシーなら金沢駅から7,500円程度、兼六園下からは約20分・4,000円程度が目安である。
金沢まではJRで東京・大阪から約2時間30分、名古屋から約3時間。空路なら小松空港で、東京から約1時間、福岡から約1時間15分。
服装は「10月半ばの山あい」で考えること。日が落ちると市街地よりはっきり冷え込み、湿気も多い。想定より一枚多く、そして2時間立ちっぱなしでも平気な靴で。
湯涌に泊まる
いちばん贅沢なのは、集落に部屋を取って動かないことだ。湯涌には数軒の旅館があり、その何軒かは「花咲くいろは」にほぼそのまま登場している。祭りの週末は数か月前から埋まるので、泊まるつもりなら早めに。取れなければ金沢市街に泊まってバスで往復すればいい。
祭りがなくても、湯涌温泉は半日を使う価値がある。通りには総湯と無料の足湯があり、集落の上には玉泉湖と短い散策路。1917年にこの地に滞在した画家・竹久夢二にちなむ金沢湯涌夢二館、江戸期の農家や町家を移築した金沢湯涌江戸村もある。小さな場所だ。そこがいい。
金沢と組み立てる週末
祭りは一晩で終わる。残りは金沢が十分に埋めてくれるし、10月半ばから下旬は金沢がもっとも気持ちのいい時期でもある。夏の混雑は引き、紅葉が始まり、庭が一年でいちばん写真映えする。
出発点はやはり兼六園。日本三名園のひとつで、団体客の前の早朝が圧倒的にいい。シーズン中は7時開園で、最初の1時間はまったく別の庭に見える。道を挟んだ向かいの金沢城公園は無料で、広く、秋を通じて催しも多い。
空気を入れ替えたくなったら、徒歩2分の21世紀美術館へ。円形のガラス建築で、常に予約で埋まるプールの作品と、入れ替わる企画展が強い。有料展はオンラインで押さえておくと確実だ。
中心部の北、ひがし茶屋街は金沢に三つある茶屋街のうちもっとも保存状態がいい。木虫籠(きむすこ)の格子、金箔の店、一般公開されているお茶屋が数軒。人を入れずに見たいなら10時前か16時以降に。
もう二つ、寄り道する価値のある場所を。オランダ人の助言を受けたとされる異形の神門で知られる尾山神社と、隠し階段・落とし穴・仕掛け戸が迷路のように詰まった妙立寺(忍者寺)。妙立寺はガイドツアー制で予約が必要なので、行く前に押さえておくこと。
出かける前に、ひとつだけ
湯涌ぼんぼり祭りが「聖地巡礼」の中でも珍しいのは、テーマパーク化しなかったことだ。運営は温泉街の観光協会で、支えているのは多くがボランティア、会場は人が暮らす生活道路である。撮影は歓迎されているが、神事はあくまで本物の神事であって撮影機会ではない。スタッフの指示に従い、規制線に入らず、行列の間は静かに。
きっかけはアニメでいい。ただ、山あいの数百人が「架空の祭りは実在すべきだ」と決めて、それを15年続けているという事実のほうが、たぶん長く残る。
Image: 玉泉湖へ向かう道のぼんぼり(湯涌ぼんぼり祭り) by Oracleasuka, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons