東京の夏の夜は大抵、蝉の声とじっとりした空気、コンビニのオレンジ色の灯りに包まれている。けれど7月最後の土曜日だけは違う。100万人近い人々が隅田川のほとりに集まり、空を見上げ、暑さをすっかり忘れてしまう。隅田川花火大会は単なる花火ショーではない。日本で最も歴史のある花火大会であり、江戸の大河の上空を焦がした約300年前からの伝統が、今なお脈々と続いている。
悲しみから生まれた祭り
始まりは1732年。西日本を襲った大飢饉が数十万の命を奪った翌年の春、八代将軍・徳川吉宗が隅田川の「両国川開き」——夏の始まりを告げる年中行事——に合わせて、盛大な花火の打ち上げを命じた。死者への供養と疫病退散の祈りを込めた花火だった。1733年のことである。以来、戦争や関東大震災、橋の架け替え工事で何度か中断されながらも、花火大会は必ず蘇ってきた。
見どころ
現在の隅田川花火大会では、川沿いの2つの打上会場から約2万発の花火が打ち上げられる。第一会場(桜橋~駒形橋間)では、日本を代表する花火業者による「花火コンクール」が行われ、各社が新作花火を競い合う。第二会場(駒形橋~厩橋間)では、より伝統的な花火が連続して打ち上げられる。19時の開始から約90分間、途切れることのない花火が夜空を染める。
街区ほどの大きさの大輪の菊花火、金色の糸を川面に垂らすような枝垂れ柳、そして橋から滝のように流れ落ちるナイアガラ——隅田川が一面の光の鏡になる瞬間だ。
おすすめ観覧スポット
隅田公園(浅草側)——定番中の定番。吾妻橋から駒形橋の間の河川敷にブルーシートを広げよう。第一会場が正面に見え、アサヒビール本社ビルと東京スカイツリーが花火の額縁になる。ただし、17時にはベストポジションは埋まるので、午後の早い時間に到着を。
隅田公園(向島側)——川を渡った東岸は浅草側より混雑が少ない。第二会場に近く、花火との距離も近い。本所吾妻橋駅からのアクセスが便利。
汐入川合流地点——北十間川と隅田川の合流点にある小さな公園。地元の人が知る穴場スポット。
東京スカイツリー天望デッキ——地上350mからの俯瞰で、花火が眼下に開く絶景を楽しめる。花火大会当日の特別チケットは数週間前に完売するので、早めにスカイツリー公式サイトで予約を。
屋形船——最も風情ある観覧方法。畳敷きの木造船で隅田川を遊覧しながら、天ぷらや刺身のコース料理と飲み放題を楽しむ。頭上で花火が炸裂する迫力は格別。1人15,000~25,000円程度。船宿晴海屋、船宿みやこ、あみ達などの老舗が4月頃から予約を受け付ける。
浴衣で楽しむ
隅田川花火大会は東京の夏一番の浴衣イベント。藍や紺、花柄のパステルカラーの浴衣姿が川辺を彩る。浴衣を持っていなくても、浅草にはレンタルショップが多数あり、浴衣・帯・下駄・着付けのフルセットが4,000~6,000円程度で利用できる。花火の日は数日前までに予約しておこう。
縁日グルメ
両岸のアプローチには屋台がずらりと並ぶ。定番を押さえよう。
- かき氷——メロン、いちご、鮮やかなブルーハワイ。夏の象徴。
- 焼きそば——鉄板で豪快に炒めるソース焼きそば。
- たこ焼き——外はカリッ、中はとろり。大阪発祥の国民食。
- ラムネ——ビー玉栓を「ポン」と押す瞬間も楽しみのひとつ。
- チョコバナナ——チョコレートとカラフルなスプレーをまとった冷凍バナナ。
- 焼き鳥——タレの香ばしい香りが漂う串焼き。開演待ちのお供に。
アクセス
最寄り駅は浅草駅(銀座線・浅草線・東武スカイツリーライン)と本所吾妻橋駅(浅草線)。第二会場へは蔵前駅(浅草線・大江戸線)も便利。東岸へはとうきょうスカイツリー駅(東武スカイツリーライン)を利用。
河川敷の場所を確保するなら、遅くとも15時までに到着を。夕方以降、浅草周辺の道路は車両通行止めになり、歩行者天国となる。
帰り方のコツ
フィナーレ直後、約100万人が一斉に帰路につくため、最寄り駅は数分で入場制限がかかる。以下の作戦が有効だ。
- **まず歩く。**2~3駅分歩いてから乗車する(入谷、三ノ輪、両国など)。20分歩けば1時間の行列を回避できる。
- **遅く出る。**川沿いでのんびり余韻を楽しみ、60~90分ほど待ってから動く。
- **北へ向かう。**南千住・北千住方面はJR常磐線やつくばエクスプレスが使え、混雑が格段に少ない。徒歩25分ほど。
- **銀座線は避ける。**浅草駅(銀座線)は最も混雑する出口。浅草線や東武線の方がまだまし。
天候と中止
小雨決行だが、台風や豪雨の場合は中止または延期となる。当日10時までに公式発表がある。順延日は設定されておらず、中止の場合はその年の花火大会はなくなる。7月25日の朝、墨田区の公式サイトか大会の公式X(Twitter)アカウントで確認しよう。
初めての人へのアドバイス
- **レジャーシートと扇子を持参。**7月下旬の東京は30℃超+高湿度。携帯扇風機とタオルは必需品。
- **飲み物は凍らせて。**前夜に凍らせておけば、夕方にはちょうどいいシャーベット状になる。
- **トイレは早めに。**仮設トイレは17時を過ぎると長蛇の列。浅草の商業施設やコンビニを早い時間に利用しておこう。
- **スマホは満充電で。**写真も大事だが、帰り道のナビアプリも同じくらい重要。モバイルバッテリー必携。
- **ゆとりを持って。**ゆっくり流れる人波に身を委ね、空に咲く花火を楽しもう。100万人が同じ夜空を見上げている——その一体感こそが、この花火大会の醍醐味だ。
Image: 隅田川花火大会 2023, CC BY 2.0, Dick Thomas Johnson, via Wikimedia Commons