広島県尾道から愛媛県今治まで、瀬戸内海に浮かぶ6つの島々を渡りながら走る約60キロメートルの道——それが「しまなみ海道」。世界でも指折りのサイクリングルートとして知られ、サイクリストだけでなく、日本の風景を五感で味わいたい旅行者にとって、一生に一度は体験すべきルートです。そして9月は、夏の猛暑が和らぎ、瀬戸内の光が最も美しく輝く、このルートを走るのに最適な季節といえます。
ルートは単なる一本道ではなく、6つの巨大な橋と島の道路を組み合わせたもの。専用の自転車道が橋へと緩やかにスロープで導き、島では漁村やみかん畑、山の神社を縫うように道が続きます。ほとんどの区間で両側に瀬戸内海が広がり、大小の島々と漁船が点在する風景は、何度見ても息を呑みます。
1日か2日か——計画のポイント
最もよく聞かれる質問が「1日で走れるか」です。全行程は寄り道を含めて60〜70キロ、累積標高差は約500メートル(橋へのアプローチは長い螺旋状の緩やかな坂)。健脚なサイクリストなら走行時間4〜5時間で完走可能です。しかし、しまなみ海道の魅力は「止まること」にあります。
多くの旅行者におすすめなのは、途中の島で1泊する2日間のプラン。生口島の瀬戸田エリアか大三島が人気の宿泊地です。このペースなら脇道を探索し、静かなビーチで泳ぎ、地元の食堂で食事を楽しみ、橋を黄金色に染める夕日を眺める余裕が生まれます。
1日で走る場合は、尾道から朝7時のフェリーで向島に渡り、早めのスタートを切りましょう。深い島探索は諦めて橋とメインルートに集中し、夕方までに今治に到着するプランが現実的です。
6つの橋——それぞれの個性
因島大橋 ——尾道から向島へフェリーで渡った後、最初に越える橋。自転車道は橋の下層を走り、グレーチング越しに真下の海が見えます。まるで空を飛んでいるような感覚。因島には相撲の歴史を伝えるユニークな博物館や、白滝山からの絶景が待っています。
生口橋 ——ルート上最長の斜張橋。みかん畑の中を螺旋状に登るアプローチが特徴で、頂上に達すると霞に浮かぶ島々の連なりが一望できます。
多々羅大橋 ——多くのサイクリストが「ハイライト」と評する橋。全長1,480メートル、世界最長クラスの斜張橋で、自転車道は外縁を走ります。橋脚の根元には有名な「鳴き龍」スポットがあり、手を叩くとケーブルを伝って音が上方に響きます。
大三島橋 ——コンパクトで美しいアーチ橋。大三島は6つの島で最大で、大山祇神社は日本全国の神社の中でも最多の国宝武具を所蔵する名社です。
伯方・大島大橋 ——2つの橋が小島で繋がる連続架橋。中間点からの眺望——両方向に伸びる橋と眼下の海——は格好のフォトスポットです。
来島海峡大橋 ——フィナーレを飾る3連吊り橋。総延長4キロ超は世界最長の連続吊り橋です。来島海峡の潮流は激しく、渦を巻く海面と行き交う船を眺めながら走ると、海を渡り切った達成感がこみ上げます。
島の寄り道スポット
生口島の瀬戸田にある耕三寺は、実業家が母への感謝を込めて建立した私設寺院。日本各地の名建築を再現した個性的な伽藍と、彫刻家・杭谷一東が手がけた大理石庭園「未来心の丘」は必見です。丘の上のテラスからは瀬戸田の街並みと港を一望できます。近くには瀬戸田出身の画家・平山郁夫の美術館もあります。
大三島では大山祇神社のほか、ところミュージアム大三島と伊東豊雄建築ミュージアムが美しい自然の中に現代アートと建築を展示。盛海岸は9月でもまだ泳げる穏やかなビーチで、ほぼ貸し切り状態を楽しめます。
レンタサイクルの利用法
しまなみ海道のレンタサイクルは非常によく整備されています。尾道と今治(サンライズ糸山)の両端にターミナルがあり、各島にも返却ポイントがあるため、片道乗り捨てが可能です。
料金はクロスバイクが1日約3,000円、保証金1,100円(同じターミナルに返却すれば返金、乗り捨ての場合は没収)。電動アシスト自転車は1日約4,000円で、普段あまり自転車に乗らない方には心強い味方です。9月の週末は電動自転車の在庫が限られるため、事前予約を強くおすすめします。ターミナルは通常8時開場。レンタルにはパスポートが必要です。
9月が最適な理由
7〜8月のしまなみ海道は、35度超の気温と強烈な湿気、橋の路面からの照り返しで過酷です。9月に入ると最高気温は28〜30度に下がり、湿度も目に見えて和らぎます。朝夕のライドは心地よく、熱中症のリスクも大幅に低下します。
9月はまた、瀬戸内海に「年間で最も美しい光」が訪れる時期です。夏の霞が晴れ、青い海・緑の島・白い橋のコントラストが鮮明になります。橋の上から眺める9月の夕日——オレンジからピンクへとゆっくり変わりながら海全体を染め上げる光景は、まさに絵画の世界です。
夏休みが8月31日で終わるため、9月の平日は格段に静か。サイクリングロードを共有するライダーは減り、島の宿も予約しやすくなります。唯一の注意点は台風シーズンであること。出発前に天気予報を必ず確認してください。晴れた日のしまなみ海道は、これ以上ない最高のサイクリング体験を約束してくれます。
アクセス
多くのサイクリストが出発点に選ぶのは尾道。広島からJR山陽本線で約90分(JRパス利用可)。大阪からは新幹線で福山まで行き、在来線に乗り換えて合計約2時間です。
尾道からのスタートは、尾道港から向島へのフェリー(頻繁に運行、110円)に乗船。最初の水道には自転車橋がないためです。
今治側からは松山行きバスで約90分。JR松山駅からは列車や飛行機で各地へ戻れます。サンライズ糸山(今治側ターミナル)から今治駅まではバスで約15分です。
全区間を走らなくても、尾道〜今治間を結ぶ高速バスが各島に停車するため、部分的にライドしてバスで戻ることも可能です。
食の楽しみ
瀬戸内の島々は柑橘の産地。特に生口島は国産レモンの一大産地で、レモンジェラート、レモンラーメン、レモンケーキ、レモンソーダなど「レモンづくし」が楽しめます。海風と太陽で育ったレモンの風味の鮮烈さには驚かされるでしょう。
海鮮も外せません。鯛(たい)は瀬戸内の代表的な魚で、塩焼き、刺身、鯛めし(炊き込みご飯)で味わえます。因島や大三島の港の食堂では、その日の朝に揚がったばかりの魚介が並びます。来島海峡の急流で育ったタコは身が引き締まり、独特の歯ごたえが絶品です。
大三島では、道端のスタンドで売られるみかんソフトクリームをぜひ。午前中のライドの後に食べる一口は格別です。
実用的なアドバイス
9月でも橋の上は日陰がないため、水分と日焼け止めは必携。コンビニは各島にありますが、サイクリングロード沿いとは限りません。
ルートは路面に引かれたブルーラインに沿えば迷いません。案内標識は日英二言語です。
自転車の橋梁通行料は2024年に無料化されました。
荷物配送サービスを使えば、スーツケースを尾道から今治(またはその逆)に約2,000円で送れます。デイパックだけの身軽なライドが可能です。
宿泊は生口島の瀬戸田エリアが選択肢豊富。伝統的な商家を改装したスタイリッシュなホテル「Azumi Setoda」や、アットホームな民宿が揃っています。9月の週末は早めの予約を。
Image: 瀬戸内しまなみ海道、愛媛県, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons