池袋から三十分。十月の第三土曜・日曜になると、埼玉県川越市は東京のベッドタウンであることをやめ、江戸の商家町に戻ります。2026年は10月17日(土)と18日(日)。蔵造りの町並みに二十台前後の山車が繰り出し、提灯の灯りと笛・太鼓を引き連れて、二日間でおよそ百万人を集めます。川越まつりは観光向けに再現された行事ではありません。1648年にさかのぼる現役の町の祭りであり、かつての江戸の山車祭りの姿を最も確かに見られる場所です。
江戸が失い、川越が残したもの
まつりの始まりは川越氷川神社の例大祭でした。慶安元年(1648年)、川越藩主・松平信綱が神輿や祭具を寄進し、町人たちに神幸祭を行わせたのが起点とされます。新河岸川の舟運で江戸と結ばれ、米・材木・織物で栄えた川越の商人たちはこれを本気で受け止め、やがて町ごとに自前の山車を仕立て、彫刻・漆・人形の出来映えを競い合うようになりました。
同じような祭りは江戸にもありました。しかし江戸はそれを失います。度重なる火災、明治以降の祭礼の再編、道路上に張り渡された市電と電線、そして大正十二年の関東大震災。背の高い山車はほとんど姿を消しました。一つ川筋をさかのぼった川越では、それが残った。だからこそ川越まつりは国の重要無形民俗文化財に指定され、2016年には「山・鉾・屋台行事」の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録されています。
山車の見どころ
川越には二十九台の山車が現存し、所有しているのは神社でも市でもなく、それぞれの町内会です。毎年全部が出るわけではなく、その年ごとに二十台前後が入れ替わりで曳き出されるため、同じ川越まつりは二度とありません。
山車は江戸型。車輪の上に木造の二層構造が立ち上がります。前面には囃子台があり、笛一人・大太鼓一人・小太鼓二人・鉦一人の五人囃子と、面をかぶった踊り手が乗ります。その上の層は一回転し、どの方向にも正面を向けられます。さらに上に立つのが大きな人形で、素盞嗚尊、日本武尊、徳川家康、浦島太郎、弁慶など、町ごとに選ばれた神や英雄が屋根の高さを越えてそびえます。
見ていて一番おもしろいのは、上層部がせり上げ・せり下げできることです。信号機や電線の下を通るとき、囃子方はそのままに、人形と上層を胴体のなかへ収めて抜け、通り過ぎるとまた押し上げる。江戸生まれの構造が、百年前に生まれた電線という問題を、いまも人力で解いている。その瞬間を路上で見られます。
曳っかわせ — 夜まで残るべき理由
昼の川越まつりは美しい。夜の川越まつりは、また来たくなる。
日が落ちると山車には提灯が灯り、主要な交差点に集まってきます。二台がすれ違うとき、山車はおとなしく道を譲りません。互いに囃子台を正面に向け合い、「曳っかわせ」と呼ばれる囃子の打ち合いが始まります。両者の囃子は速く、大きくなり、相手の調子を崩そうとぶつかり合う。面をつけた踊り手が舞い、町内の若衆が高張提灯を掲げて詰め寄り、掛け声が上がる。数分続くこともあり、三台・四台が同じ交差点に集まったときの音圧は尋常ではありません。
定番の観覧場所は札の辻周辺と、蔵造りの町並みを貫く一番街、そして本川越駅前の広い通りです。山車が最も多く出て人出も最大になるのは、例年日曜の夜です。
二日間の組み立て方
土曜は午後に氷川神社の神幸祭が出発し、日中から山車が町へ出て、夕方以降に曳っかわせが本格化します。日曜はより濃い一日で、山車の台数も曳行時間も夜の熱量も上回ります。一日しか行けないなら日曜。ただし人混みが苦手なら、土曜の午後が狙い目です。同じ山車を、余裕のある人出と明るい光のなかで見られます。
無理のない回り方は、昼過ぎに到着して明るいうちに蔵造りの通りを歩き食べ歩き、夕方五時ごろにいったん屋内で休み、六時半までに交差点へ戻って動かないこと。山車のほうから来てくれます。人波のなかを追いかけ回すのが、初めての人が最もやりがちな失敗です。
アクセス
川越には三つの駅と三本の路線があり、それが日帰り先として優秀な理由です。
- 東武東上線:池袋から川越駅・川越市駅まで急行等で約30分。
- 西武新宿線:西武新宿から本川越駅まで特急で約45分、各停はもう少しかかります。本川越がまつりの通りに最も近く、徒歩約10分。
- JR川越線:大宮経由。東北・上越新幹線から来る場合に便利です。
川越駅からは一番街まで北へ徒歩15〜20分。まつり当日は中心部が広く交通規制され、バスは迂回・運休となるため、歩く前提で計画してください。帰りは二十時から二十二時ごろが最も混みます。八時前に切り上げるか、十時過ぎまで食事をして時間をずらすのが賢明です。
実用メモ
小雨なら山車にビニールをかけて決行します。五時間立ち続けられる靴で。屋台は現金が基本です。三駅ともコインロッカーは早い時間に埋まるので、荷物は最小限に。そして山車が向きを変えているときは、曳き手から十分に距離を取ってください。数トンの木造の塔は、すぐには止まれません。
曳行の合間に
川越の名物といえばさつまいも。十月はまさに旬で、芋ソフト、芋けんぴ、芋ようかん、大学芋、地元コエドブルワリーの芋を使ったビールまで揃います。うなぎの町でもあり、蔵造り周辺には古い鰻屋が何軒も残ります。まつりの週末に腰を据えて食べるなら予約を。
山車の合間には、いまも一日四回鳴る木造三層の時の鐘、駄菓子屋が並ぶ菓子屋横丁を。山車そのものが気に入ったら、川越まつり会館では本物の山車二台を通年展示しており、週末には囃子の実演もあります。人波に押されずに彫刻を間近で見られる場所です。
2026年に行くべき理由をもう一つ。今年は土曜と日曜にきれいに重なるため、二日とも丸一日動きます。毎年そうなるわけではありません。当然、川越は混みます。それでも行く価値があります。十七世紀のかけらが、いまも動いているところにこれだけ近づける場所は多くありません。
Image: 川越まつり 山王の山車 元町二丁目, License CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons