岐阜県の山深い地に、水と踊りの城下町がある。郡上八幡。長良川の支流・吉田川と小駄良川が合流するこの町は、夏になると日本有数の盆踊りの舞台へと変わる。「郡上おどり」——400年以上の歴史を持ち、日本三大盆踊りの一つに数えられるこの祭りは、「見る祭り」ではなく「踊る祭り」だ。
清流が育んだ町
郡上八幡を歩くと、まず耳に届くのは水の音だ。町のいたるところに水路が巡り、「やなか水のこみち」では石畳の小道に沿って透き通った水が流れる。生活用水路「いがわこみち」では巨大な鯉が悠然と泳ぎ、地元の人々は今も湧き水を使って野菜を洗う。
夏になると、子どもたちが新橋から吉田川に飛び込む光景が町の風物詩となる。清流は町のアイデンティティそのものであり、環境省の「名水百選」の第1号にも選ばれている。
もう一つ、郡上八幡が全国に誇るのが「食品サンプル」だ。レストランのショーウインドウに並ぶあの精巧な模型は、実は1930年代にこの町で生まれた。現在も国内シェアの大半を占め、体験工房では自分だけのサンプル作りを楽しめる。
町を見下ろす標高354メートルの山頂には郡上八幡城がそびえる。1559年築城、現在の建物は1933年に再建された日本最古の木造再建城だ。朝霧に包まれた城は「天空の城」とも呼ばれ、秋には紅葉とのコントラストが見事だが、夏の緑に囲まれた姿もまた美しい。
郡上おどり——32夜の祭典
郡上おどりは例年7月中旬から9月上旬まで、延べ32夜にわたって開催される。会場は町内各所を持ち回りで、旧庁舎前や橋本町など趣のある場所が多い。
踊りは全部で10種類。最も優雅な「かわさき」は川の流れを思わせるゆったりとした手の動きが特徴で、初めてでも比較的すぐに馴染める。テンポの速い「春駒」は手拍子と跳ねるようなステップが楽しく、会場のエネルギーが一気に高まる。「猫の子」は愛らしい仕草が人気だ。
やぐらの上では地元の保存会メンバーが生演奏を披露する。三味線、太鼓、笛の音色と唄い手の声が夜空に響き、踊り手たちはその周りを円になって回る。下駄の音が一斉に地面を打つ「カランコロン」という響きは、郡上おどりでしか味わえない。
徹夜おどり——一晩中踊り明かす4夜
祭りのクライマックスはお盆の8月13日〜16日に行われる「徹夜おどり」。夜8時頃から明け方4〜5時まで、文字通り一晩中踊り続ける。町の人口約1万2千人に対し、この4日間だけで延べ25万人以上が訪れるという。
浴衣に下駄という伝統的な装いの地元の人々と、普段着やスニーカーの観光客が同じ輪の中で踊る。上手い下手は関係ない。見よう見まねで輪に入れば、数分もすればリズムに体が馴染んでくる。
1996年、郡上おどりは国の重要無形民俗文化財に指定された。踊り自体の芸術性だけでなく、地域住民が世代を超えて伝承してきたコミュニティの営みが評価されたものだ。
訪問のベストタイミング
最高の体験を求めるなら、8月13〜16日の徹夜おどりがおすすめだ。ただし、この期間の宿は数ヶ月前に埋まるため、早めの予約が必須。高山や岐阜市内に宿を取り、車で通うのも現実的な選択肢だ。
通常の開催日は20時〜22時30分頃まで。昼過ぎに到着し、町歩き→城見学→夕食→踊り、というのが理想的な一日の過ごし方だ。
グルメと見どころ
郡上八幡の名物は「鶏ちゃん」——味噌や醤油ダレに漬け込んだ鶏肉をキャベツと一緒に焼く郷土料理で、ビールとの相性が抜群だ。名水で作る豆腐や蕎麦も絶品。踊りの合間には屋台でかき氷や焼き鳥をつまむのも楽しい。
慈恩寺や安養寺などの寺院は静かな庭園が心地よく、郡上八幡博覧館では町の歴史と郡上おどりの変遷を学べる。
アクセス
名古屋からはJR高山本線で美濃太田へ、長良川鉄道に乗り換えて郡上八幡駅まで約2時間半。高速バスなら名古屋から約1時間半で到着でき、本数も多く便利だ。高山からは車で約1時間。町の中心部はコンパクトで徒歩で十分回れる。
踊りのコツ
履き慣れた靴か、現地で下駄を購入して伝統スタイルで踊るかはお好みで。汗拭き用のタオルは必携。やぐらの近くで踊れば、お手本となる上手な踊り手の動きを間近で見られる。最初は「かわさき」か「春駒」から入ると馴染みやすい。
郡上おどりの魅力は、華やかな山車も派手な花火もないところにある。あるのは音楽と、踊りと、それを400年間受け継いできた人々の熱だ。輪に入った瞬間、観光客は参加者になる。それが郡上八幡の夏だ。
Image: 郡上おどりのやぐら, CC BY-SA 2.0, 撮影: tsuda, via Wikimedia Commons